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<<   作成日時 : 2005/01/14 00:30   >>

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周星馳は1962年6月22日上海生まれ。僕とは半年ほど違うが、同じ42才で、不思議と親近感がある。ひとりっ子、ブルース・リーの大ファン。テレビの子供番組から入って、後に映画に出演するようになった。96年の「食神」が有名だが、前年の「西遊記第壹佰零壹回月光寶盒」での演技が印象に深い。今回の映画「功夫」(Kung fu hustle)は、「少林足球」での成功を受けて、世界公開を視野において制作された野心作であるが、その肌合いは少々雰囲気を異にするところがある。ソニーピクチャーズによる予告篇を見ていると、前作と同じ元気系のコメディーのように思えるが、あれは嘘だ。星馳演じるキャラクターの性格設計といい、物語の時代背景といい、よりダークで屈折した方向へと進路を変え 殺伐とした空気さえ感じられる。正直、「少林足球」の楽しさを期待して映画館に足を運んだとしたら、開巻からの殺戮シーンで、不快にさえなるのではないかと思う。あるいは、ティム・バートンやクエンティン・タランティーノに通じる歪み。星馳にとって、この歪みと向き合うことは、正直に自己を表現するということであったのかも知れない。僕らは、失望と諦観の世代である。空想の世界に憧れ、永遠に満たされることのない願いを抱いたまま、社会の中で自分を演じ続けていく。普段は押隠されているはずの、それら願いの断片が、この映画の中には垣間見える。黒澤やヒッチコックを彷佛とさせる、豚小屋砦や上海市街の巨大なセット群。細い通路から奔流のように流れ込む血は「シャイニング」そのままだ。楊過と小龍女、また獅子吼や蝦蟇功という名前に喜ぶ向きは、娯楽小説家である金庸の読者だろう。アクションを指揮する袁和平は「マトリックス」での集団戦を再構築して見事と言う他はない。「童夢」あり、「マイク・ザ・ウィザード」あり。しかし、なにより、タランティーノが万感の思いを込めて劉家輝や千葉真一を招いたように、周星馳は梁小龍を銀幕に復活させた。火雲邪神という伝説の殺し屋に扮し、梁小龍は凄まじいまでの魅力を伴って光り輝く。たとえ外見は、垢じみたシャツを着た、禿げで中年太りでサンダル履きの小汚いおっさんだったとしても、眼光と身体の動きは、往年の功夫映画の頃と少しも変わらない。さて、結論から言って、この映画は、シナリオといい演出といい、実に不手際で中途半端の誹りを免れない凡作である。主人公を取り巻くキャラクターは尽く無意味だし、伏線は粗雑で、取ってつけたようなエピソードも多く、安普請のテレビドラマのような感動の押し売りに辟易する。だが驚くべきことに、周星馳は、表情だけで人の心を動かす力を身に付けた、本物の役者になった。監督としてプロデューサーとして仕事を続ける中で、相当に困難や苦しいことがあったというが、それが彼を成長させたのだろうか。ともあれ、伝説の奥義である如来神掌を会得した彼は、居住まいといい強さといい、「マトリックス」のネオそのもの。既に製作が決まったという続編で、なにを見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。
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